こんにちは。
前回の「脳死臓器提供 家族の物語『上』」の続きです。
読売新聞8月9日(土)より。
原文そのまま掲載しております。
昨年、新潟県の女性(42)は、夫(当時40)の臓器提供を承諾した。心臓、肺、肝臓、腎臓の摘出手術を受けた夫はその日のうちに、住み慣れた我が家に無言の帰宅をした。胸から腹にかけての手術の傷はシャツに隠れて見えない。
葬儀は、晴れ渡った日だった。参列者の中には、突然の別れに泣き崩れる人もいた。けれど、自身の心は落ち着いていた。
夫婦の最後の時間を十分に持てたからだろう。夫が脳出血で倒れ、回復の見込みがない脳死状態とされてから、別れの日まで一か月間、眠ったままの夫の傍らで「臓器提供するかどうか」悩みぬいた。今、臓器提供をしたことに悔いはない。でも、事前に夫がどうしたいかが分かっていれば、あんなに悩まずにすんだのではないか、と思う。
親しい人にはこう伝えている。「いざという時のために、臓器提供をしたいか、したくないか、意思表示をしてほしい」長男はこの春、小学三年になり、野球チームに入った。毎週末、付き添いでグラウンドに足を運ぶと、急に切なくなることがある。
夫は、野球漬けの学生時代を過ごし、就職後少年野球のコーチをしていた。我が子に教える日を心待ちにして、子ども用と大人用、それぞれ新しいグラブを用意していた。
大人用も、いつか長男が使うかもしれないと思い、ひつぎに入れず、大事に取ってある。
「パパに会いたいな」時折長男がつぶやく。小学六年の長女が「きっとその辺にいるよ」と返す。
そんなきょうだいの会話を聞いて、夫が提供した臓器の移植手術を受けた四人に思いをはせる。
「順調です」「職場復帰に向けてリハビリをしています」日本臓器移植ネットワークの担当コーディネーターから、手術後の経過について報告があると、夫の命が確かにつながったと感じ、うれしさがこみ上げる。
上下の記事をご覧頂きありがとうございました。
テーマはとても、とても深いもので、こうするのが良い…とは言えませんが。
正解も間違いもありません。
次回の記事でまとめを書かせて頂こうと思います。
暑い日が続きますので体調お気をつけ下さいね(*^^*)